読み物
台峯コラム 2024年(令和6年)11月
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台峯の周辺 第2期① (通算㉓) いちご
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「いちご」は、ややややこしい。日本語の「いちご」は草本性のオランダイチゴと台峯でも見られる概ねが木本性のキイチゴの両方を指し、普通は前者を単に「いちご」、後者を「木いちご」と呼ぶが、同じバラ科ながらそれぞれ別の属名らしい。確かに花托に痩果の散る前者と小さな実の房のような後者とでは見た目も大分違うのに、なぜ同様の呼び名なのだろう。
英語ではオランダイチゴはストロベリー、キイチゴはラズベリーだが、他に例えばクワもマルベリーだそうで、ベリーとは一般に柔らかな食用小果実を言い、オランダイチゴ、キイチゴの両方を指すに十分な単語はないらしい。
更に我が国では野生の「いちご」にキジムシロ属のヘビイチゴの類を含めたりもするのだが、その中にはヤブヘビイチゴという種(しゅ)もある。ややこしい話に茶々をいれて余計ややこしく、薮蛇となるのが、この筆者の悪いクセである。
話を戻すと、日本在来のオランダイチゴ属には美味な種が無く、西洋種が明治期に移入されるまで人口に膾炙したのはキイチゴだったので、かつては単に「いちご」といえばキイチゴを指した、とも聞く。益々ややこしい。
従って「いちご」などと略さず、木本性の「木いちご」に対し、草本性のオランダイチゴは「草いちご」と呼ぶこともある。ところがクサイチゴという種が現にあり、これが何と木本のキイチゴ属なのだそうだ。全くややこしい。だが、オランダイチゴを「木いちご」と呼ぶことだけは絶対にない。
ところで「シャルダンShaldan」という芳香剤をお使いだろうか?イチゴの香りか知らぬが、エステー㈱の社長鈴木明雄が好きな画家ジャン・シメオン・シャルダンChardinから名付けたとのこと。本来は発音も綴りも相異するが、日本語でなら同様となろう。
優美なロココ時代の18世紀フランスにおいて庶民のささやかな幸せや静物を描いた、筆者も好きな画家である。中に我が国では従来「木いちごの籠」と題される作品がある。
しかし画集で観ても、籠中の一つ一つは先端が尖り気味で、萼が残るものもある。何より表面の質感が粒々状ではなく、膨らんだ花托にタネのような実の散在するオランダイチゴを現している。なぜ「木いちご~」となったのか。
原題<Le Panier de fraises des bois>は、辞書を引くとfraiseは「いちご」、boisは「木」なので「木いちご」と訳したのだろう。が、boisには「森」の意もあり、熟語のfraise de boisとして「野いちご」との訳が載る。ただ、この訳語では野生キイチゴをも示しうるが、キイチゴは英語同様に別の語でframboiseとあり、原題はフランスに春を告ぐ野生オランダイチゴのことらしい。
実は、この画は10年程前の「シャルダン展」でも「木いちご~」として展示されていた。実物を前に意を強くした筆者は、せめて属を特定せず単に「野いちごの籠」とするようメモを会場に残したのだが、美術専門家には「絵は題名でなく自らの眼で観て」と素人からお願いする。
ややこしさに疲れ切った 本田 隆史
<<Le Panier de fraises des bois>>
Jean Siméon Chardin- Public Domain,Wikipédia
印刷用原稿:台峯の周辺第2期① 通算23いちご(PDF版)
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